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世界各国に人気バイクメーカーが勢ぞろい

車よりも手軽なバイク。その人気も世界的で、各国に人気バイクメーカーが散らばっています。
ここでは、その人気バイクメーカーを詳しく紹介します。 あなたの好きなバイクメーカーはありますか?
| ホンダ |
1)沿革
ホンダは1946年(昭和21年)10月、創業者本田宗一郎が静岡県浜松市山下町30番地に内燃機関や工作機械の製造、研究のための本田技術研究所を開設したことに始まります。翌1947年(昭和22年)3月には2代目社長となる河島喜好が入社しました。
1948年(昭和23年)、資本金100万円で浜松市板屋町257番地に本田技研工業株式会社を設立、翌1949年(昭和24年)10月、本田宗一郎のパートナーとなる藤澤武夫が常務取締役として入社しました。
1957年(昭和32年)12月には東京証券市場に、1958年(昭和33年)3月には大阪証券取引所、4月には名古屋証券取引所に株式を上場します。
本社は1952年(昭和27年)4月に浜松市板屋町から東京都中央区槇町3丁目3番地へ移転。翌1953年(昭和28年)1月、中央区槇町2丁目5番地(現在の八重洲2丁目6番地20)へ移転。1974年(昭和49年)、再び本社を渋谷区神宮前6丁目27番地8号へ移転。その後、1960年(昭和35年)3月、東京中央区八重洲6丁目5番地に新ビルが完成し本社を移転、2004年(平成16年)埼玉県和光市にホンダ和光ビルが完成、本社機能を一部移転しました。
人事は1964年(昭和39年)4月に藤澤武夫が副社長に就任し、その後6月に大幅な組織変更を実施しました。1973年(昭和48年)10月に本田宗一郎、藤澤武夫、両氏が退任し、河島喜好が社長に就任。その後、社長は1983年(昭和58年)に久米是志が、1990年(平成2年)川本信彦、1998年(平成10年)吉野浩行、2003年(平成15年)福井威夫が就任しました。
バイクにおいては、1947年(昭和22年)にA型自転車用補助エンジンの生産を開始し、1949年(昭和24年)、ドリームという名前の本格的オートバイD型の試作を完成させます。1952年(昭和27年)3月、自転車用補助エンジン、カブF型の試作を完成させ、12月には月産7,000台を達成。1958年(昭和33年)7月には、スーパーカブを発表しました。
バイクの生産累計は1968年(昭和43年)には1,000万台、1971年(昭和46年)には1,500万台、1973年(昭和48年)には2,000万台、1978年(昭和53年)には3,000万台を達成し、1987年(昭和62年)には世界初の記録となる累計5,000万台を記録しました。その後も記録を伸ばし、1997年(平成9年)に1億台、2005年(平成17年)には1億5,000万台を達成しました。
この中でスーパーカブは1983年(昭和58年)に生産累計1,500万台、1992年(平成4年)にはバイクで世界最多となる累計2,000万台を達成。その後もスーパーカブは2002年(平成14年)に3,500万台、2006年(平成18年)に「スーパーカブ 」シリーズ世界生産累計5,000万台を達成しました。
2)技術
ホンダは早くから安全技術の研究開発に取り組んでいます。
安全とは主に、ライダーの教育などの「ゼロ次安全」、事故を未然に防ぐ「一次安全(アクティブセーフティー)」、事故がおこったときに傷害を軽減する二次安全(パッシブセーフティー)などに分類されるとし、ゼロ次安全対策には交通教育センターの設置など、一次安全対策には前・後輪連動ブレーキシステム(CBS)やアンチロック・ブレーキ・システム(ABS)などを開発しました。
そして、二次安全対策として1990年からバイク用エアバッグシステムの研究を開始し、2005年に世界で初めて量産車に適用できるバイク用エアバッグシステムの開発に成功しました。
バイク用エアバッグシステムはおもに次の3つの部分で構成されています。
1)エアバッグモジュール
エアバッグ本体とエアバッグ展開用の気体を供給するインフレーターを収納。ライダーの前部に配置。
2)加速度センサー
前方向からの衝撃加速度を検知。フロントフォーク部左右に合計4個装備。
3)エアバッグECU
衝突判定の演算とシステム機能部品の診断。エアバッグモジュール右側に設置。
エアバッグは次のような手順で作動します。前面衝突が起こると、加速度センサーが衝撃加速度を検知し、加速度データをエアバッグECUに送ります。エアバッグECUはそのデータをもとに、エアバッグを作動するかしないかを瞬時に判断。 作動が必要と判断されたら、インフレーターに点火電流を送り、インフレーターがエアバッグ展開用の気体を発生させエアバッグ本体を展開させます。
加速度センサーの衝撃加速度検知からエアバッグが展開するまでは約0.15秒と極めて短い時間で、これは人がまばたきをする時の時間(約0.2秒)に相当します。エアバッグは、ライダーが前方へ投げ出される運動エネルギーを吸収しバイクからの離脱速度を抑制。エアバッグが瞬時に展開することで、ライダーが相手車両や路面などとの打撃で傷害を負うリスクを軽減します。
3)環境
ホンダは早くから積極的に環境課題に取り組んできました。
バイクの商品開発では排出ガスのクリーン化、燃費の向上、騒音の低減、代替エネルギー技術の実用化の4本の柱を軸にすえています。
排出ガスのクリーン化では、ホンダが創業当時から主軸としていた燃費に優れた4ストロークエンジンをスクーターにまで展開。また、PGM-FI(電子制御燃料噴射装置)は、従来、大排気量車への設定に限られていましたが「2010年末全世界で大半の機種にPGM-F1を搭載」という目標で全クラスのクリーン性能向上に努めています。
燃費の向上では、上記のように4ストロークエンジンの展開とさらに燃費向上の技術をみがき続けています。
騒音の低減はマフラーの大容量化、エアクリーナーの大容量化、エンジンギア精度の向上などモデルチェンジのたびにバイクの騒音を低減。
代替エネルギー技術の実用化では電気スクーターや、ハイブリッド、燃料電池などガソリン以外のエネルギーを使う製品を開発して市場に投入。電動アシストサイクルのラインナップも充実させるよう努めています。
4)業績
ホンダの2006年度の連結売上高は過去最高益で11兆871億円。前年度に比べ11.9パーセントの増収でした。これはアメリカ景気の個人消費や設備投資が堅調であったこと、ヨーロッパの景気が回基調であったこと、中国やインドを中心とするアジア経済の高成長などが背景にあります。また、コストダウンの効果や増収に伴う利益の増加、円安による為替差益などによる要因もあようです。
しかし、原材料価格の高騰、研究開発費や一般管理費の増加などにより、営業利益は8,518億円と前年度比2.0パーセント減益、税引前利益は7,928億円と前年度比4.5パーセント減益、当期純利益は5,923 億円と前年度比0.8パーセント減益となっています。
日本国内では景気はゆるやかに回復していますが個人消費は弱いものがありました。しかし開発中のホンダジェットの事業化の決定、四輪販売網の統合となるホンダカーズのスタートなど意欲的な事業展開を見せました。
バイクの2006年度国内売上台数は33万7千台と前年度比8.4パーセントの減少でしたが、南米など海外売上台数が増加し総台数1,003万2千台と前年度比1.3パーセントの増加でした。
二輪事業合計では1,036 万9千台で前年度比1.0パーセント増。二輪事業の外部顧客への売上高は1兆3,706億円と前年度比11.8パーセントの増収、営業利益は研究開発費、販売費や一般管理費の増加、前年度計上の厚生年金基金代行返上益により1,006 億円と前年度比11.7パーセントの減益となりました。
5)販売店
ホンダのバイク販売店には次の4種類があります。
ドリーム店はホンダ直営のスポーツバイク専門店でバイクに関するあらゆる相談に対応しています。白いロゴと羽根のマークの赤い看板はホンダのバイク正規取扱店の目印で、ホンダのバイクおよび関連商品を正規に取り扱う販売店で、原付一種から軽二輪(250cc)までを取り扱います。プロス店は1996年に設立された二輪販売チャネルで、ホンダの小型二輪(251cc以上)のスポーツバイクをおもに取り扱います。ウィング店はホンダ車専門販売店です。このうちホンダドリーム店は、2001年(平成13年)に日本国内の二輪営業機能を集約する目的で設立された二輪総合販売会社、株式会社ホンダモーターサイクルジャパンが展開しています。
ホンダドリーム店は、スポーツバイクユーザーの求める高い付加価値とサービスに対応するために2002年(平成14年)から展開されるネットワーク店で、2002年3月に1号店が東京都立川市に設立。大型のスポーツバイクを中心としたホンダのバイク全車種を取り扱っています。ホンダドリーム店は、「触れる、跨ぐ、乗る。」をコンセプトに、充実したショールームと豊富な展示車や試乗車を配置。店舗は二輪認証工場の資格があり、ホンダライディングアドバイザーの資格を持つスタッフを配置し整備保証や乗り方の指導など質の高いサービスを提供しています。
6)大型車
2008年1月現在発売されている750cc超のホンダの大型車は、1,800ccの「ゴールドウイング」と1,300ccの「CB1000 Super Four」、1,000ccの「CBR1000RR」の3種類。
「ゴールドウイング」は1988年に登場した大型スポーツツアラーで、そのスタイリングは後部座席の大きな背もたれが特徴。二人乗りの長距離ツーリングに適したシートレイアウトになっています。また、ヒーターなどの防寒機能、6連奏CDチェンジャーなど四輪車並みの装備を有しています。
「CB1000 Super Four」は1969年登場の「ドリームCB750 Four」の流れをくむバイクで、「CB1000 Super Four」、「CB1000 Super Four ABS」、「CB1000 Super BOL D'OR」、「CB1000 Super BOL D'OR ABS」の4種類があり、1.3リットル水冷DOHC直4エンジンを搭載し電子制御燃料噴射システムPGM-FIを採用しています。
「CBR1000RR」は1993年に登場したスーパースポーツバイクで、水冷4ストロークDOHC4バルブ直列4気筒エンジンを搭載。フロントのエアインテークから走行風をエアクリーナーに送りこむダイレクト・エア・インダクション・システムや、MotoGPマシン「RC211V」にも搭載されているPGM-DSFI(Programmed Dual Sequential Fuel Injection System)を採用しています。「CBR1000RR」にはロードレース専用車もあります。
7)広告
ホンダはさまざまな企業広告を打ち出してきましたが、その中でホンダの二足歩行ロボット「ASIMO」がたびたび登場します。
ホンダの広告で最初に二足歩行ロボットが登場したのは1999年のヒューマノイドロボット「P3」。この「P3」は「ASIMO」の原型となったものです。CMはニューヨークの23th Street STATIONの階段をゆっくり昇ってくる「P3」と、後ろから「P3」の歩くまねをしたりしながら追いかけてくる子どもたちの映像でした。
ホンダは、2000年に自在歩行可能な身長120センチ、体重43キロの人間型ロボットを発表し、「ASIMO(Advanced Step in Innovative Mobility)」と命名。そして、初めて2001年1月掲載の新聞広告に登場させました。2002年には「ASIMO」はテレビCMに出演。大勢の子どもたちと一緒にケーブルカーに乗ろうと階段を降りてくる「ASIMO」でしたがが、歩くのが遅くギリギリで乗り遅れてしまうというCMでした。
2005年には、全身協調運動や両手で1キロ程度の重さのトレイを運搬できるようになり、走行スピードも時速3キロから時速6キロと倍加。高速での旋回走行もできるようになりました。2006年と2008年の企業CMでその性能の一端をうかがうことができます。2006年のCMでは子どもたちと体操をしたり、噴水のまわりを円を描くように追いかけっこをしています。2008年の企業CMではダイナー(カジュアルなレストラン)で、客からトレイを受け取り厨房まで運び、自ら充電スペースへ行く「ASIMO」の映像が流れました。
8)代表車種
ホンダのバイクのラインナップは、ロードスポーツ、デュアルパーパス、スクーター、ファミリー・レジャー、ビジネス、コンペティションというカテゴリに分けられます。
ロードスポーツの代表車種はスーパースポーツバイクと、レースベース車の「CBR1000RR」と「CBR600RR」があり、ほかに「CB1000 Super Four」、「CB750」、「CB400 SUPER FOUR」、「CB400SS」などのCBシリーズがあります。
デュアルパーパスの代表車種はスーパーモタードイメージのスポーツバイク「XR400 モタード」や「XR100 モタード」。スクーターの代表車種は大型スクーターの「シルバーウイング」シリーズ、電子制御技術を採用した「フォルツァ」シリーズ、ネイキッドスクーター「ズーマー」、1988年に登場以降ロングヒットを続けている「ディオ」などです。
ファミリー・レジャーの代表車種は、1967年登場の「モンキー」、1978年登場の「ゴリラ」が人気でしたが、2008年現在は両車種とも生産は終了しています。
ビジネスの代表車種は、なんといっても世界中でヒットを続けている「スーパーカブ」シリース。1953年に初登場した「ベンリィ」、1982年に登場した「ジャイロ」シリーズは、残念ながら2008年現在、生産終了しています。
コンペティションの代表車種は、モトクロス競技専用車の 「CRF450R」「CRF250R」「CRF150R」と「CRF100F」「CRF80F」「CRF70F」「CRF50F」 のCRFシリーズです。
9)モーターショー
ホンダは東京、九州、大阪、名古屋の各都市モーターショーにバイクを出品しています。2007年の第40回東京モーターショーでは「Find Your Wings.」をコンセプトに、さまざまなバイクを出品展示しました。
参考出品車として出品した「ゴールドウイング」は市販予定車で水平対向6気筒エンジンを搭載したスポーツツアラー。エアバッグ搭載車に北米モデルに搭載済のナビゲーションシステムを搭載しています。
同じく参考出品車として出品した「EVO6(エヴォシックス)」は、試作車でオートマチックトランスミッション搭載の水冷・4ストローク・OHC・水平対向6気筒エンジンを搭載したオートマチック・スポーツモデルです。
このほか、2007年MotoGPに出場した「RC212V(2006年チャンピオンニッキー・ヘンデン車)」、2007年鈴鹿8時間耐久ロードレースに出場した「CBR1000RRW(TEAM HRC)」、同じく2007年鈴鹿8時間耐久ロードレースに出場した「CBR1000RR(仮面ライダー電王Honda DREAM RACING TEAM)」などの展示を行いました。
10)モータースポーツ
ホンダのモータースポーツの歴史は1959年(昭和34年)のマン島TTレースに始まります。この年、初出場ながらホンダは125ccクラスでチームメーカー賞を受賞。1961年(昭和36年)6月にTTレース125cc、250ccクラスで1位から5位までを独占という快挙をなしとげ、同年10月にはロードレース世界GP125cc、250ccクラスでメーカーチャンピオンを獲得しました。
1962年(昭和37年)9月に三重県鈴鹿市に鈴鹿サーキットが完成し、11月に同サーキットで開催された第1回全日本選手権ロードレース大会ではホンダのマシンが50cc、125cc、250cc、350ccクラスで優勝しました。
その後もホンダはモータースポーツ会において躍進し続けます。ロードレース世界GPでは1994年から1998年までマイケル・ドゥーハンが5年連続チャンピオンを獲得し、ドゥーハンと世代交代するようにホンダのエースライダーとなったバレンティーノ・ロッシも、2001年から2003年までチャンピオンを獲得(ロッシは2005年まで5年連続チャンピオンを獲得、2004年以降はヤマハに移籍)。2007年までにホンダはMotoGPで通算600勝を達成しています。
「真夏の祭典」といわれる鈴鹿8時間耐久ロードレースでも、ホンダは1997年(平成9年)の伊藤真一・宇川徹組から2006年(平成18年)の辻村猛・伊藤真一組まで10年連続チャンピオン獲得という偉業をなしとげました。










