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世界各国に人気バイクメーカーが勢ぞろい

車よりも手軽なバイク。その人気も世界的で、各国に人気バイクメーカーが散らばっています。
ここでは、その人気バイクメーカーを詳しく紹介します。 あなたの好きなバイクメーカーはありますか?
| アプリリア |
1)技術
アプリリアでは、バイクのエンジン設計に最新の演算ソフトウェアを用い、精密な部品を組み合わせたエンジンを製作しています。
エンジンの評価は、以前は単に馬力やトルクなどで評価されていましたが、今日では、シャーシやフレーム構造など、トータルなパフォーマンスで判断されるようになっています。エンジンパフォーマンスは、構造が最も重要な要素なのです。
エンジン出力の特性を判断する際に用いられるパラメーターのひとつが、MEPです。MEPとは、有効平均圧力といわれるもので、エンジンが出力を発揮する際にピストントップにかかる力の平均値をはかり、エンジン効率を算出するやり方です。測定時の環境とエンジンの回転数でMEPは変動しますが、MEPが最も高い値を出すときが、そのエンジンのピークパフォーマンスとなるのです。
エンジンの特性を判断するもう一つのパラメーターがMPSです。MPSは平均ピストン速度といわれるもので、ピストンのストロークとエンジンの回転数で算出します。ピストンが上死点、下死点の間を加速と減速を続けながら動く、その平均値を取ったもがMPSです。
MPSは、あまり高い数値にはならない。というのは、シリンダーウォールとピストンリングの間の摩擦抵抗があるからだ。この摩擦抵抗を抑えることでエンジンのパフォーマンスが変わる。
ピストンのストロークを短くすればMPS値は上がりすぎないが、ストロークを短くすると、排気量を稼ぐためにボアを広くしなければならない。しかし、ピストンリングの径が大きくなると摩擦抵抗が高くなってしまうので、この相反する特性をいかにバランスよくするかが課題なのです。
エンジンのパフォーマンスを高めるためにもうひとつ重要なものが、振動をいかに軽減させるかということです。振動は、エンジン内部や車体全体に悪影響を与え、また、ライダーにも過度の疲労を与えることとなります。
この不快な振動を打ち消す技術は、カウンターシャフトを使うことが主流であるが、アプリリアでは、カウンターシャフトをふたつにすることで、より振動を抑える技術を開発しました。これは、AVDC(アンチバイブレーション・ダブルカウンターシャフト)といわれるもので、アプリリアの特許技術です。2気筒エンジンRSVシリーズに採用されています。
2)環境
アプリリアは、戦略上、環境への配慮が重要であるという結論を早くから出していました。この考えのもと、環境保護のためのシステムを多く使用するように推進し、何年もの間、多額の資金を研究に投入してきた。そしてついに2000年、「超クリーン」エンジンを作り出しました。
この「超クリーン」エンジンとは、「Ditech」という名称で、「Direct Injection Technology」、つまり直接噴射技術の略です。アプリリアはこのDitechエンジンの量産に成功しました。
Ditechエンジンの特性は、電子制御直噴式インジェクションシステムの働きによって、燃料とオイルの消費量を30%に、炭化水素(HC)の排出を80%に削減し、一酸化炭素(CO)の排出を10分の1に減らすことにある。低公害と低燃費、そして高性能をみごとに両立しています。
このDitechエンジンは、水冷単気筒のスポーツスクーター「SR50 Ditech」に搭載されています。「SR50 Ditech」は、2005年に改良版として「SR50 R Factory Ditech」が発売されたが、これは従来品よりオイル消費を60%縮小し、「EURO3」にも適合しています。「EURO3」とは、2001年10月にヨーロッパで施行された世界で最も厳しい排出ガス規制のひとつです。
3)沿革
アプリリアは、イタリアのヴェネツィア州ノアーレで、カバリエ・アルベルト・ベッジオが、第二次世界大戦直後にに自転車生産工場を設立したことから始まる。
1962年には合資会社にまで発展し、1968年に経営がカバリエ・アルベルト・ベッジオから息子のイバノ・バッジオに引き継がれる。イバノは経営を引き継ぐとすぐに、12人ほどのエンジニアの協力を得て、カリブリ(Colibri)とダニエラ(Daniela)という50ccモペットを制作しました。これがアプリリア最初のオートバイです。
その後、1970年代にはモトクロッサーが生産され、1974年には本格的なモトクロッサーを制作しました。アプリリアは、このモトクロッサーでレースに参戦します。続いて1975年には、ヒーロー社製のレース用エンジンを搭載したアプリリア初の本格的レーサーが発表されました。
レースでの活躍は、アプリリアの名を海外にも知らしめ、輸出台数は生産の20%にも及ぶようになる。
アプリリアは1980年代には、トライアルやロードレースにも参入し、1990年代になると都市コミュニケータージャンルや、大排気量クラスにも進出します。
2002年には、モトグッチ社とラベルダ社を買収、その財政的負担に耐えるため、2006年、Piaggio & C.S.p.A.による買収に応じた。イバノ・ベッジオは名誉会長となり、会長にPiaggio社会長のロベルト・コラニーノ、社長にロッコ・サベッリが就任しました。
4)戦略
アプリリアは、1980年代初頭のヨーロッパにおける、オートバイマーケットの危機に対して、イタリアのオートバイ市場は必ず復活するという信念のもと、ラインナップの拡充という戦略をとる。
それまで好調に販売していたモトクロッサーやモペットだけでなく、製品レンジを50ccから600ccまでの排気量で、エンデューロ、トライアル、オンロードバイクにまで拡大しました。競合各社が規模を縮小するなか、アプリリアはプロジェクトの研究に明け暮れることとなります。
こうして、1983年に、アプリリア初のロードバイク、「ST125」が発売される。翌1984年には、STを改良した「STX」が発売される。「STX」は、「ST125」のスポーティーさを追求したバイクでした。この頃、アプリリア初のエンデューロマシン、「ET50」も発売される。オンロードとエンデューロカテゴリーは、順調なマーケットを築いていき、製品ラインナップの拡大戦略をとっていたアプリリアの先見性が証明されることとなった。
アプリリアはまた、デザイン面においても、当時としては革新的な試みをします。当時、バイクは赤とシルバーを基調とするカラーリングが一般的であったが、アプリリアはこれまでにない斬新なデザインやグラフィックスタイルのバイクをつくりあげる。
1980年代半ば、「ETX」は市販車として初めて同系統の濃淡色を重ねたカラーリングを採用しました。また、このようなカラーリングは、その後「AF1」にも採用されました。同じ車体でありながら、カラーリングを変えただけで、まったく別のバイクのように見えるこの手法は大好評を博しました。その後ほとんどのメーカーがこの手法を後追いしたことは、アプリリアの開拓したカラーリングとデザインの方向性が正しかったことの証明であるといえる。
5)販売店
アプリリアでは、日本における販売ネットワークが、まだ完全には整っていない。
とりわけ、北海道地区では江別市に1店、東北エリアでは山形県に1店のみ、取扱いディーラーがあり、そのほかは青森県にサービスポイントがあるのみ、となっており、東北以東での販売店の整備が進んでいない状況だ。
このため、アプリリアジャパンでは、サービスの行き届いてない地域での新規ディーラーを募集しています。ネットワーク強化をはかるためです。
アプリリアジャパンでは、エンジンデザインの背景となる機能理論についての講習など、ディーラーへのテクニカルトレーニングを実施しています。これはディーラーへのセールスサポートの一貫とし行っているものであり、アプリリアジャパンの技術スタッフが、販売店技術者のために一般技術講習を行うものです。
アプリリアのサイトではまた、オフロード車の「SXV」と「RXV」を扱うためにトレーニングを受け、必要な技術と知識のある正規販売店を別格に取り扱っています。
全国に12店あるサービスポイントは、新車の販売はしていないが、アフターサービスとパーツの取扱いをしています。
6)海外
アプリリアの本社所在地は、イタリア・ヴェネツィア州ノアーレです。ここで、デザインやマーケティングなど、あらゆる戦略がたてられる。
本社から数キロメートル離れたヴェネツィア州の郊外には、オートバイとスクーターを製造しているスコルゼ工場がある。このスコルゼ工場は、1997年に拡張と一部建て替えが行われた。生産ラインが8本から11本に増やされ、日産2,500台の生産能力をもつようになった。
本社ノアーレには、物流センターも置かれています。この物流センターは、約70,000平方メートルの敷地面積があり、このうち建築面積は31,000平方メートルにもなる。ディーラーと顧客に向けたアプリリア製品のアフターセールスサービスを統括するカスタマーサービス本部は、サンタ・マリア・ディ・サーラに隣接する町に置かれています。
アプリリアは、イタリア国内に、正規販売代理店250店と認定販売店800店をカバーし、強固な販売ネットワークを築いています。
また、海外では、フランス、スペイン、ドイツ、オランダ、ギリシャ、イギリス、アメリカ、日本と、子会社8拠点を展開してます。この他にもアプリリア製品は、1,800のディーラーを通じて29ヶ国で販売されてます。
今後のアプリリアのマーケティング目標は、中国とインドでの市場展開です。アプリリアは、この2カ国で、これから世界中で生産されるバイクのほとんどが販売されることになるであろうと見込んでいます。
7)大型車
2008年2月現在発売されている、750cc超のアプリリアの大型車は、1,000ccの「RSV 1000R」と、1,000ccの「TUONO 1000R」、850ccの「MANA 850」の3種類です。この3車種は、全車種スポーツバイクとなっています。
「RSV 1000R」は、4ストローク60度V型2気筒DOHC4バルブエンジンを採用しています。これは、アプリリアのふたつの特許技術、アンチバイブレーションダブルカウンターシャフト(AVDC)と、油圧式クラッチシステムPPC(空気圧式パワークラッチ)を採用したものです。
モデルは、「RSV 1000R」と、ブレンボ(Brembo)社と共同開発したラジアルキャリパーブレーキや、オーリンズ製フォーク、鍛造アルミニウム合金製ホイールなどを装備した「RSV 1000 R Factory」がある。
「TUONO 1000R」は、「RSV 1000R」と共同のツインチューブアルミニウムシリコン合金フレームに、AVDCを採用した水冷4ストロークDOHC4バルブ60V型2気筒エンシンを搭載しています。この60度Vツインエンジンは、世界で最も厳しいとされるEURO3規制に対応しています。
モデルは、「TUONO 1000R」と、ブレンボ(Brembo)社と共同開発した専用ブレーキシステムや、オーリンズ製フルアジャスタブル倒立フォークなどを装備した「TUONO 1000R Factory」がある。
「MANA 850」は、電子制御CVTシステムのVツインSOHC4バルブエンジンを搭載しています。7速のセミオートマチックモードと、3種類のフルオートマチックモードを搭載した、クラッチレス・オートマチックバイクです。
8)代表車種
アプリリアはもともと、モペットとモトクロッサーから参入したメーカーです。オフロードレースからは一度撤退したアプリリアであったが、2006年、再びオフロードカテゴリーに参入し、スーパーモトS2で世界タイトルを獲得しました。
「SXV」と「RXV」は、レースで実績を残したマシンを公道用に扱いやすくチューンして市販車仕様にしたモタード用完全専用設計車両です。
「SXV」と「RXV」に搭載されているのは、アプリリアが独自に開発したVツインエンジンで、このエンジンは、それまで単気筒マシンがほとんどであったスーパーモタードでは初めてです。
Vツインエンジンは、エンジンシリンダー間のVアングルを77度と狭角にし、ドライサンプ方式のオイル潤滑システムを採用するなど、Vツインエンジンでありながら,単気筒並にエンジンをコンパクトにまとめています。エンジン重量はわずか30キロです。
「SXV」と「RXV」は、アルミ製スイングアームや、中空スチールトラス構造のフレームなど、エンジン以外でも軽量化をはかっています。また、キックスタータは装備されておらず、セルスターターのみです。
「SXV」は、「SXV 450」と「SXV 550」が、「RXV」は、「RXV 450」がある。
9)モーターショー
アプリリアは、2007年3月30日から4月1日まで、3日間にわたって東京ビッグサイトで開催された第34回東京モーターサイクルショーに出展しました。
出品ラインナップは、スポーツバイクでは、大型車の「TUONO 1000R」や、フラッグシップモデル「RSV 1000」、その「RSV 1000」のデザインを継承した単気筒2サイクルエンジンの「RS 125」などでした。また、本格レーサーレプリカでありながら普通免許で乗ることができる「RS 50」や、1000ccと125ccの間を埋める、アプリリア初のミドルスポーツである「SL 750 シヴァー(SHIVER)」も出品されました。
「スカラベオ(SCRABEO)400ie」や、「スカラベオ(SCRABEO)250ie」といった、イタリアで人気のスクーター「スカラベオ(SCRABEO)」シリーズも出品されました。スクーターはほかにも、「ATLANTIC 250」や「SPORTCITY 250ie」、「SCRABEO 250 GT」、「SR 50」などが展示されました。
オフロード車では、初のVツインエンジン搭載モタードマシン、「RXV 450」と、「SXV 550」や、オフロード車譲りのメカニズムを採用しつつオンロードでの使用も考慮した「PEGASO 650 STRADA」が展示されました。
10)モータースポーツ
アプリリアは、1985年に初めてロリス・レジアーニを擁してロードレース世界選手権(WGP)GP250クラスに参戦を開始します。このときのマシンは、ロータックス製エンジンのマシンでした。
当時、WGPは日本メーカーの勢力が圧倒的で、アプリリアのこの試みは、実に挑戦的なものでした。この年、ロリス・レジアーニは、ランキング6位と、アプリリア初挑戦の年としては驚くべき好成績をおさめました。
ロリス・レジアーニはさらに、2シーズン後の1987年、イタリア・ミサノ開催のサンマリノGPで、アプリリアの「AF1」を表彰台の中央へ導きました。
アプリリアはその後、GP125クラスにも参入し、ついに1992年、アレッサンドロ・グラミーニが同クラスにおいてチャンピオンを獲得します。










