バイク買取一括査定 > バイクレースに関するアラカルト・全日本ロードレースその2
全日本ロードレースその2
6)GP-MONO
GP-MONOは2006年より全日本格式となった日本独自の新カテゴリーです。マシンは4ストローク250㏄単気筒のエンジンをGP125クラスのフレームに搭載したもの。セーフティ、イコールコンディション、ローコストをコンセプトとした参加型レースです。最低車重は82キロ、2008年より85キロ。
このクラスのみ、国内ライセンス所持者も出場可能。国内ライセンスだけのポイントランキングもあり、国際ライセンスと国内ライセンスの2人のチャンピオンが誕生するクラスです。
歴代チャンピオンは次の通り。
(国際ライセンス)
2006年 山下 祐
2007年 森 隆嘉
(国内ライセンス)
2006年 森 隆嘉
2007年 阿部徹郎
7)MFJグランプリ
MFJグランプリとは、全日本ロードレースの最終戦にかけられるタイトルのこと。MFJグランプリが始まったのは1987年からで、それ以前の全日本の最終戦は日本グランプリという名前で呼ばれていました。1987年春に世界選手権である日本グランプリが鈴鹿で始まったため、全日本の最終戦はMFJグランプリと呼ばれるようになりました。
MFJグランプリは、1987年から1994年までは筑波サーキットで開催されていましたが、1995年から1998年までスポーツランドSUGUで開催。SUGOに舞台が移ると同時に、1994年から全日本では休止となっていたGP500クラスのエキシビションレースとして、東北放送が冠スポンサーとなるTBCビッグロードレースが併催されるようになりました。1995年は、年初の阪神大震災の影響で開幕戦の鈴鹿の開催が延期になり、MFJグランプリの次のレースとして開催されたためMFJグランプリは実質的な最終戦とはなりませんでした。
1999年から2000年は、ツインリンクもてぎで開催。そしてその後はMFJグランプリは開催されていませんでしたが、2006年、鈴鹿サーキットで6年ぶりにMFJグランプリのタイトルが最終戦にかけられることに。シリーズポイントも最終戦に限り3点追加の特別ポイントが加算されることになりました。
8)文部科学大臣杯
文部科学省は、日本国内におけるスポーツの普及、振興を目的に全国規模で行われている各種スポーツ大会の後援をしています。文部科学大臣杯とは、それら後援スポーツの中で、特に優秀な成績を修めた選手に贈られる名誉ある賞です。
全日本ロードレース選手権でも、JSB1000クラスのチャンピオンには「文部科学大臣杯」が授与されています。歴代受賞者は、2002年に渡辺篤(SBで受賞)、2003年北川圭一、2004年井筒仁康、2005、2006年は伊藤真一、2007年渡辺篤。
同じ文部科学省が顕彰するものとして、スポーツ功労者顕彰があります。これは、国内のスポーツの向上と振興において、特に功績が顕著であった者がスポーツ功労者として顕彰されるものです。オリンピックメダリスト、世界選手権優勝者、世界記録更新者、それらの指揮者および功労者から選出され、ロードレースにおいても2001年の世界ロードレース選手権GP250チャンピオン、加藤大治郎が選出されています。
9)スーパーバイク(SB)
1994年から2002年まで、全日本ロードレースの最高峰カテゴリーとして開催されたクラス。 4ストロークの公道用市販車をベースにした改造バイクによって競われるクラスで、気筒数によって排気量制限が異なり、4気筒の場合は601cc以上750cc以下、3気筒では601cc以上900cc以下、2気筒では750cc以上1,000cc以下となっています。
歴代チャンピオンは次の通り。
1994年 吉川和多留
1995年 青木拓磨
1996年 青木拓磨
1997年 芳賀紀行
1998年 伊藤真一
1999年 吉川和多留
2000年 井筒仁康
2001年 梁明
2002年 渡辺篤
10)GP500
1981年から1993年まで開催された当時のロードレスの最高峰クラス。251cc以上、500cc以下のレース専用バイクによって競われました。車重はわずか130キロほどでしたが、コースによっては最高速が時速300キロに達することもありました。2ストロークエンジンが主流。全日本ロードレースのGP500クラスで活躍し、世界選手権WGPの500ccクラスに参戦するという図式も存在しました。晩年は開発費の高騰などの理由でエントリー台数が一桁となり、1993年を最後に開催が休止されました。
最後の全日本チャンピオン阿部典史は、この年に国際A級に昇格したばかりで、最年少18歳での戴冠となりました。
歴代チャンピオンは次の通り。
1981年 木下恵司
1982年 水谷勝
1983年 平忠彦
1984年 平忠彦
1985年 平忠彦
1986年 木下恵司
1987年 藤原儀彦
1988年 藤原儀彦
1989年 藤原儀彦
1990年 伊藤真一
1991年 ピーター・ゴダード
1992年 ダリル・ビーティー
1993年 阿部典史










